【 [ LIVE -リレー小説-] 第1話「魔法少女 爆誕」3/5 】


 地下へと降りる間、周りの景色をほとんど覚えてないのを見ると、野獣も会話を楽しんでいたのかもしれない。

「なんです、これ……。まるでSFに出てくるラボではないですか」

「SFに出てくるような馬鹿げた研究をしていると自然に、こういう内装になってくものじゃ……テレサ、いるかの?」

「はい、博士……なんでしょうか?」

 物陰から先ほどの少女、“テレサ”がスッと現れる。
背後には気泡がジャグジーのようにボコボコと出る、 怪しげな緑色の液体タンクがあった。
 用途がわからない。激しく謎だ。

「君の協力もあって無事この計画は終了へと近づいておる」

「そうですか……とうとう、我々にも力が」

「君のおかげじゃ、感謝するぞ」

「いえ、知識だけの私では無用の長物でした。これは博士の力です」

 さりげなく不安をかきたてる言葉が聞こえた。
 が、もう抗うのは止そう、情報を集めて考えたところで何になる……と野獣の頭は、思考することをあきらめていた。
「テレサ、これはみんなの力じゃ……みんなが協力したからこそ、ここまでたどり着いたのじゃ。
 ……で、だ。そろそろ説明に取り掛かろうかの」

 研究室内を観察していた野獣は彼のほうに向きなおした。

「では、書類を」

「ああ、ありがとう」

「ん〜♪」

 封筒を手にした塚原の横では、テレサが頭を撫でられて幸せそうに目を細めている。
 その姿を見た塚原は、ふと口を開く。
「気持ち良さそうに撫でられるテレサ。彼女はとても幸せじゃった」
「はい、私はとても幸せです」

「しかし、この後に訪れる不幸を彼女は知る由もなかった……」

「何が……あっ! ……………うぅ」

「なんと、ジジイは野獣から渡された書類を読み始めたのじゃ」

「博士、頭がさみしいです」

「頭の加護を失ったテレサは路頭に迷ってしまうのじゃった、続く……」

「……なにしてるんですか、貴方たちは」

 見ていて面白くないこともないが、いきなりコントが始まるとは予想だにもしなかっただろう、
野獣は静かに心の警戒レベルを1段階上げた。

「ふむふむ……そうなのか……」

 次々と流し読みをしてゆく塚原。本当に理解できているのだろうか。
 野獣も、何が書かれているのかは解らないが、おそらく自分が関わっているのだと理解していた。
 だから書類を手渡した後、この怪しげな研究所からすぐに逃げ出そうという行動に移らなかったのだ。
 さて、テレサの頭から塚原の手が離れて10秒。
 可哀想なぐらいに彼女が不憫に見え始めた。
 理由は解らぬが、何だか彼女自身が暗くなったように感じる。

「博士……頭……撫でて」

「んー、あとでの〜」

「頭さびしい……」

 未練がましく塚原の顔を見つめ続けるテレサを見て、野獣は思わず彼女の頭を撫でてみたいと思ってしまった。
 ちなみに塚原との話にあったロリコン云々については、
まったくの嘘冗談であり野獣が少女に性的嗜好を示すことはない、はず。
 手を出すか、出さざるべきか。思うがままに彼女の頭を撫で回せば、まさしく野獣のそれと一緒である。
 たかが頭を撫でるだけではあるが、欲望に身を任すという行為に彼はひどく葛藤していた。

(ええい……ままよ)

 彼は決断した。

 バスケットボールも易々とつかめる大きな手が、テレサの頭に覆いかぶさってゆく。

「頭……寂しい……………あっ」

 上下左右にぎこちなく動く野獣の右手。
 もぞもぞと頭の上で動いているのを、テレサは不思議そうに見ている。

「…………………………」

 ただひたすら無言で撫で続けるその姿は、どこか異様な雰囲気を醸し出していたのだが、
次第にテレサの表情が気持ちよさそうに変わっていった。

「ん〜♪」

「実は本当にロリコンの気があるのかもしれんな、君は」

「めっそうもない」

「ふむ……さて」

 一通り野獣から手渡された書類に目を通し終えた塚原は居を正して向き直る。

「私に何をさせたいのですか?」

「まぁそうせっつくな……とも言ってられないのう」

「はぁ」

「ともかく、詳しい話はその手を放してからじゃ」

「ああ、はい」

「あっ……」

 野獣は塚原に案内された席に着く。
ぽつねんと取り残されたテレサは、お呼びがかかるまで、その場で悲しそうに立ち続けていた。

「さて、この研究室を見てもらえば解ると思うがわしらは普通じゃないものについて研究している」

「普通じゃないものと言いますと?」

「常人には理解されず鼻で笑われて終わり、といったモノじゃ」

 まさしくマッドサインティストだ。野獣は彼に畏敬の念を感じた。

「この研究所は君が勤めている会社の部署であり、
運営方針や社長の意向に沿って研究を進めておる。君、我が社の運営方針は何だったかな?」

「……えーと、“消費者への貢献”と“社がある地の秩序の安定”です」

「そのとおり、そして我が社はどのような産業が専門かな?」

「始祖は医薬品メーカー“二宮薬品”、現在にいたっては
 様々な方向へ手を伸ばしている“にのみやコーポレーション”ですが、やはり専門は健康食品・医薬品などの医療関係です」

 注射器や点滴器具、美肌効果のある化粧品・サプリメントなどで”にのみやコーポ“はトップシェアを誇る。
 いわゆる大企業に名を連ねる会社群だ。

「一昨年ネットワークインフラにも着手し始めたが、最近の“にのみや”はそれに止まらないんじゃよ」

「さりげなく景気いいですからねぇ、化粧品は」

 地震が起こって避難するにも、化粧をしていかないと逃げるに逃げられない、というジョークが交わされる時代だ。
 化粧品というものはいつの時代も売れ続ける。

「2年前からの計画なんじゃがな、このたび“にのみや”は、とある産業を開拓しようとしている」

 塚原があえて「とある」と伏せたことに、野獣は非常に強い違和感を示す。なぜそこまでしてもったいぶらすのか。

「その、“とある”とはなんですか?」

「順に話を追ってからじゃ。今は秘密じゃ」

 塚原は姿勢を正して座イスに座りなおした。
 彼はテーブルに置いてあるリモコンを操作し、モニターに電源を入れた。

「大きな画面ですね。何型ですか?」

「ほっほ、すごいじゃろ。これはワシが昔作った試作品でな。
150型じゃ。ただコストの問題と需要の問題からか、量産は打ち切り、企業向けに作るので終わったのじゃ」

 目にもとまらぬ速さで画面は様々なものを映していく
。  時折キーボードをたたきつつ、リモコンを操作する素早さは女子高生のメールうちの速さを彷彿とさせる。
 最後に塚原がキーボードで“●●●●●●●●”……おそらく暗証番号だろう、を打ってモニタはストップした。
 そして映ったのは、繁華街の映像である。

「これは……駅前の繁華街ですよね?」

「そうじゃ。警察庁の防犯カメラネットワークをハックして、街のリアルタイムな状況を見れるようにしたのじゃ」

「どうやって…………………あ……あぁ、そうか」

「察しがいいの。ネットワークインフラに着手し始めたころからじゃ」

「Siscoと互換性のあるルータを出したり、
信頼性を表現したサーバ機器のブランドを作ったりと……一昨年は大活躍大損害の年でしたね、そういや」

 “にのみや”の広告力や寡占状態の産業に図々しく割り込んだ 神経の図太さには野獣も感心したものである。
 華々しくブランドという付加価値を付けたサーバ機器を売り出し、
高品質と低価格設定に好評を得はしたのだが、その分損害も酷いものだった。
 寡占状態の産業に首を突っ込んだしっぺ返しである。

「あの年は赤字じゃったの……まぁ、手痛い思いはしたが、さまざまな情報を仕入れる事ができるという利点を手に入れた。
これも今となってはベンチャーキャピタルの布石になった。人間万事塞翁が馬というより、企業万事塞翁が馬じゃのぉ」

 野獣は再びモニタに目を向ける。これが“にのみや”の得た新しい力だ。
 確かにこれなら、盗撮と言われるかもしれないが、流行や消費者の求めるものが解るかもしれない。
 そのような思いで見つめていると、野獣はあることに気づいた。

「博士。ここに映ってる人達のほとんど……、顔が疲れてますね」

「おっ、君にも解るか。見てみろ、みんな酷い顔をしている。まるで何かを恐れているような、絶望している風にも見える」

 早足で駅を目指す者、ショウウィンドウをぼんやりと見つめ続ける者、そのほとんどに生気が感じられない。
目にはクマが現れ顔色が悪く、体つきも一回り小さくなったように感じる。
 それほどまでに覇気がない。

「これはね、コイツのせいじゃ」

 そう言うと共に塚原は、一枚の写真がクリップされた書類を野獣に渡した。

「これ……なんです?」

 写真に写っているのは、ただ一面の海。

「それはの……、”ルルイエ大陸“の上空写真じゃ。その写真の中でも明度が違う部分があるじゃろ?
それがいま話題になっている”ルルイエ“じゃ」

 これが……としげしげ見つめる野獣。クリップで留めてある書類にも目を通した。そして――

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