【 [ LIVE -リレー小説-] 第1話「魔法少女 爆誕」4/5 】
「まさか……」
到底信じることのできないことが記されていた。
塚原は要約して話す。
「まず、旧支配者が封印された大陸が浮上し始めた。
そして、大陸が浮き上がると共に、邪神の眷属が密かに地球を覆い始めた。
その眷属の余波に中てられた者たちは、邪悪な波動に神経をすり減らし続けている。世界規模での」
「……SF作品のプロットか何かですか?」
「信じられんわな、当たり前じゃ。……しかし、現に世界の脅威が顕現化しつつある」
「……で、現在の世界的な精神疾病と大陸の浮上に、どのような因果関係が?」
ちなみに“世界的な精神疾病”は初めて聞いた話である。
だが、野獣にも思い当たる節があるようだ。
例えば、国営放送の外国からの生中継や、今朝ぶつかった男の表情・態度。
「星辰がある位置にそろう時、ルルイエは浮上し始める。その中に封印された旧支配者“クトゥルー”は目を覚まし、
世界に害悪をもたらすであろう……。まぁ……つまりはそういうことじゃ」
「つまりは……じゃなくて、もっと詳しい説明をして頂けますか?」
「ん〜……それでの、わしらはこの旧支配者や眷属を打倒する
人材がほしいのじゃ。本当にそうとしか言いようがないんでのぉ……」
絶対悪に対抗するヒーローがほしいというわけか……。
野獣にとっては興味を引く話だが、彼らが話す内容には不信感しか募らない。
困り果てた塚原の姿を見て、野獣は立ち上がる。
「馬鹿馬鹿しい。こんな与太話に付き合わされるとは
思ってもいませんでした。私はこれで失礼させていただきます」
「あっ……待って」
踵を返そうとする野獣の、スーツの袖をテレサがつかむ。
「博士、アレがある……」
「あぁ、アレか。いかんいかん、つい忘れておった。君、もう少し待っておく必要はないかね?」
テレサと野獣は部屋の奥へ、そそくさと歩き出した。
これ以上何があるのだろう、もう馬鹿にするのはいい加減にしてもらいたい。
「まだですか?」
「まー待て、まー待つのじゃ。これを見てからでも遅くはないじゃろ」
そう言いながら持ち出してきたのは、業務用コンテナほどの布をかぶせられた四角形であった。
「……何か気持ち悪いですね」
「ほっほ、君がそれを言うかね」
「博士は悪い子」
「ヌォッ!? 髪、残り少ない髪を引っ張るんじゃない! 悪かった、わしが悪かったから!!」
「……………」
野獣は視線を四角形に戻した。布を被せているのが気持ち悪いわけではない。
その四角形から漏れだす、荒々しい息遣い、何かが擦れ合う音に、彼は嫌悪感を持ったのだ。
「中に猛獣でも入っているのですか?」
「あいたた……当たりでもあるし、外れでもあるな。ほれっ」
四角形を包む大きな布が取り払われた。
取り払われてわかったこと、それは四角形が檻であったことと、中に人型の化け物がいたということだ。
「なっ……何者です、これは……」
「半魚人じゃな。名を“深きものども(ディープワンズ)”という。
出身はアメリカのインスマス。日本まで泳いできたみたいじゃな」
「そんなに平然と言って……アメリカですよ。そんなところから……」
「まー、化け物に我々の常識が通じるとは思わんほうがいいぞい。鱗の生える人間なぞ見たことあるか?」
「いえ……ありません。これが先ほどおっしゃられた、旧支配者の眷属ですか?」
「あたりじゃ。こいつが今、海に接している国に現れ始めたそうでの。こ奴らによる被害も増えつつある」
人外による人間たちへの攻撃。確かに世界の危機ではなかろうか。
「話はわかりました。世界はこのような人外の化け物に脅かされていると。……で、私に何をさせたいのですか?」
「さっきも言ったのに、はっきり口にしないと解らんかの?」
「……………」
塚原はポケットの中から、金色のブレスレットを取り出した。
「我々“にのみやコーポレーション”は、
世界のヒーロー/ヒロイン計画で、ベンチャー分野を切り開いていこうと考えておるのじゃ」
「この化け物は魔術崇拝のものたち……。
縦や横や十字などの概念に捉われた物質主義には打ち勝つことができないの……。
だから彼らに対抗するために、物質主義を超えた力を持つ者が必要になってくる……」
「敵は物理的な攻撃を加えてくる。ただ、その力には魔術的な 要因が付加されており、
彼らの拳はゴム弾の零距離射撃並に力がある。……だから、魔術的な的には魔術的な攻撃を……」
「魔術的な力を持つ化け物には、魔術的な力を持つヒーロー/ヒロインが必要になるの……」
ベンチャービジネスと魔法戦士について、野獣はできる限りの集中力を用いて考える。……しかし、わからない。
「……ビジネスと魔法戦士にどのような関係が?」
塚原は待ってましたと言わんばかりに説明をし始めた。
「わが社は魔法戦士を全面的にサポート、マネージメントをしてゆく。
テレビでの出演、本業である魔物駆逐の裏方的な手助けなどじゃ」
「魔物と戦って希望の星となって貰うと共に、にのみや側は魔法戦士にタレントとしても稼いでほしい、という事ですね?」
「その通りじゃ」
野獣は頭を抱える。世界の危機が、こんなにふざけたものでいいのだろうか。
「……呆れました。
世界の危機までも、貴方たちは商売に生かそうとしているのですから。……で、私にヒーローをやって貰いたいと?」
「君には魅力的な案だと思うんじゃがのぉ。素行調査からも、君は戦隊ヒーローものなどに興味を持っているようじゃないか」
「それはそうですが……」
彼は迷う。確かにヒーローになれるのなら、とそんな甘いことを考えていた。
それは周りに受け入れられない自分を認めてもらいたい、という気持ちがあったからだろう。
「このブレスレットが変身キットじゃ。もともと5つあったが、
今は世界各地の“ヒーロー・ヒロイン”たちの手に渡って活躍してくれているぞ」
「今あなたの目の前に、人を救うことができる力がある……。
あなたはそれを手に取れば、邪悪を圧倒できる力を持つことができる……。こんな事……滅多にないと思う」
「話はわかりました。私に何をさせたいのかも理解しました。ですが……本当に、そんな非現実的なことがあり得るのですか?」
「この化け物を見たというのに、まだそんな事をいうかね……。
まぁこの変身キットを君に預けてみよう。ほれ、ここで使ってみなさい」
塚原の手から無造作に放り投げられた金のブレスレット。
野獣はそれをマジマジと見つめる。精巧な細工とルビーの結晶が特徴的で、パッと見どこか“細い”印象が感じられる。
「これは……なんだか儚げな雰囲気ですね。ですが折れそうなのに力強い」
「それを手で握りしめ、変身の呪文を唱えるのじゃよ」
「……どのようなものですか?」
変身の呪文と言えば、変身ヒーローのセオリーみたいなものだ。
これなくして変身ヒーローは語れない。
「“It’s only a beer bottle and a mirror that I loves”じゃ」
「……とてもロックな合言葉なんですね」
ダークヒーローでも生まれてきそうだ、と続けてつぶやく。
「いいから唱えてみなさい」
塚原にせかされて、野獣は魔法の合言葉を唱えた。
ダサカッコイイというものでもなかったので、彼にとっても唱えやすかった、という点もある。
「It is only a beer bottle and a mirror that I loves……」
途端に、野獣の右手から光があふれだす。
きいぃぃんと耳障りな音を発しながら、野獣は光に包まれていった。
徐々に光が弱くなっていく。
先ほどまで来ていたスーツの感触はなくなり、少し肌の露出が増えたような、少し頼りない感覚がある。
野獣は閉じていた瞼をゆっくりと開けた。
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