【 第1回連続リレー小説 第1話「魔法少女 爆誕」2/5 】


 みーを送り出した野獣は先日課長から渡された、
1枚の書類に書かれてある研究所へと向かうため、駅前の繁華街を歩いていた。
 研究所へ向かうには駅前の繁華街を通る必要がある。繁華街の喧騒を思い出し野獣は顔をしかめた。
 彼は人ゴミを嫌うのだ。
 だが研究所に行くのなら通るしかない。
 できれば足早に通り過ぎてしまおう……と思ったのがつい数分前。
 野獣は人ゴミの中をノソノソと歩く。
 ふいに目の前に顔色の悪い男が目に入る。
 目にはクマもできており、半開きの口が一層生気の無さを醸し出していた。
 このまま歩いて行けば正面衝突は免れない。仕方ないので避けるように野獣は右に体を移動させる。
 するとどうだろう、向こうも体を右に動かしてきたのだ。
 こうなると、もう避けようがない。
 ほどなく彼らは衝突した。

「大丈夫ですか?」

人ゴミの多い中倒れこんだ相手に声をかける。

「うぇっ……ばっ、化け物!?」

 野獣を見て顔を強張らせた男は、なりふり構わず一目散に逃げ出した。

「……失礼なやつだ」

 野獣はもう一度歩き出した。

 先ほどのようなことは、さほど珍しいことではない。
 化け物化け物と物心ついたときから言われ続けてきたのだ。
 喜ぶべきことなのか否か、それなりに耐性はある。
 それから彼は前方に目を奔らせ、できるだけ衝突などを未然に避けながらに歩いた。
 気を張り詰めて物事を行うと、なんでも時間が早く感じるものだ。
 しばらくし、野獣は研究所の前に着いた。
 が、目の前にあるのは年季が入り薄汚くなった廃ビルである。
 それなりにこの通りには人気があるが、目の前のビルだけは静けさが支配している。
 ともかく周囲から非常に浮いているのだ。

「“塚原研”……一応看板はあるし、ここで合ってるよな……?」

「……だれ?」

 キィィィと錆びついた音を立てながら開くドアの向こうには、長い髪の女の子がこちらに顔を覗かせていた。
 実に唐突ではあったが、野獣はすぐさま意識を巻き戻して彼女に問うた。

「あの……ここは塚原研でしょうか?」

 問うた……はいいのだが、答える気配が微塵もない。
 少女はただじっと野獣の顔を見つめ続ける。なんなのだろう、この顔がそんなにおかしいか?
 笑いたければ笑えばいい……のだが、笑うどころか口を開く様子もない。本当に、なんなんだ。

「あー……お嬢さん。私は塚原研の博士に書類を渡すために来た者なのだが……」

 名刺を差し出しながら、野獣は彼女に話しかける。
 それを受け取った少女は名刺を見た途端、身を翻し奥へと去って行った。

「これは……」  もう一度、「塚原研」の看板を見やり

「入ってもいいのかな……」

 幾許か逡巡した結果、彼はドアノブを捻り中へと足を踏み入れた。


 ビルの中は閑散として薄暗く、研究所の趣は無いに等しく、むしろ倉庫といえる。
 やはり入る場所を間違えたのではないか?
 ここはずっと前に廃棄された元研究所で、新しい研究所は違う場所にあるのではなかろうか……、そんな考えがよぎる。
 しかしさっきの少女は何なのだろう。
 子供の秘密基地の拠点なのだろうか、それとも親子でここに居を構える……つまりホームレスかもしれない。

「しかし住所はここで合ってるんだよな……。本当にここなのか?」

「本当にここ、ですよ。野獣さんや」

「なっ」

「いらっしゃい、塚原研へようこそ。私は所長の塚原じゃ」

 野獣の背後には初老の男性、塚原がほほ笑んでいた。
 ここに来てからは驚かされてばかりだ……そう心の中でつぶやいた。

「どうも、私は――」

「構わん構わん。先日社長から電話をうかがっておる。名刺で確認したよ」

「はぁ……ありがとうございます」

「……しかし、うわさ通りの男じゃな」

 野獣は眉をひそめた。彼の成長過程に関係してか、うわさ話や悪口などには、こと敏感に反応する。

「聴いた通りじゃ。君の姿はまるで”オーガ“のようだよ」

「むしろトロールやキュクロプスではないでしょうか? 隻眼ではありませんが」

「ほっほ、神経も図太いようじゃ。なおかつ雑学にも長けておるようじゃの」

 何かに形容されて自分を表現されるということには、彼はもう慣れていた。

「書類を持って来てくれたんじゃな。どうぞ、こちらへ……案内しよう」

「はい、お願いします」

 塚原の後をついていくさなか、野獣は数ある不可解な点から、一番理解しがたい問題について考えた。
 なぜ社長自ら、平社員の出張先に連絡を入れるのだろう……。

(わからない……やはり情報が少なすぎる)

「あんたの脳がいくら優秀でも、情報が少なすぎるだろうて。
これは極秘で進められた計画だからの。むしろここで理解されたら困る」

 まるで野獣の心を読むような指摘だった。
 心理学の博士号でも持ってるのでは?と警戒し心を堅くプロテクトしたが、
ここで警戒すればますます彼の思わく通りになってしまう、と半ば反抗意識のように思いなおし質問を考えた。
 この間、わずか0.5秒。

「博士、その計画で私に何の関係があるのですか?」

「ふむ……、私が考えた君の発言/行動パターンの中でも、まだ想像範囲内じゃな。及第点と言えようぞ」

「博士、質問に答えていただければ有難いのですが」

「言いたいがの〜、まだ言えないんじゃ。せっかく今日まで念入りに拵えてきた計画なのじゃ。
 少しはもったいぶらせてくれるのも優しさだと思うのじゃ。君はその辺どう思う?」

「はぁ……わかりました。気は進みませんが、書類を渡すのが仕事なので」

「結構結構」

「ただ……私にも解ることがあります」

 塚原は興味深そうに後ろを振り返った。

「なにかね?」

「私の頭脳では思いつきもしない、という事でしょう」

「大正解」

 君とは話が合いそうじゃ、と続ける塚原。

「あんまり嬉しくはありません。博士と話していると心の中を覗きこまれているようです。心理学の博士号でも?」

 心理学で博士号を収めたものは相手の思考や感情が、常人と比べて雲泥の差がある理解力らしい。
 自分の一挙手一投足と発言だけで、心を見透かすような切り返しをした博士には、
そのような能力があるのではないか……野獣はそう考える。が、期待していた答えとは全く違うものが返ってきた。
「亀の甲より年の功と言っての」

「人生経験ですか……波乱万丈だったんですね」

「今も荒波の中を歩いておるよ。実はね、君が最初に見た少女がいただろう? あれは私の嫁なんじゃ」

 まさかの衝撃発言。

「そうだったんですか……残念です。実に可愛らしいお嫁さんだったので、
ぜひとも家に連れて帰りたいと思っていたのですが。……いやなに、私……その、ロリコンでしてね」

 まさかの性癖暴露……に、塚原の表情が一瞬凍りついた。
 そして刹那の時を開けて彼は苦笑した。

「まったく……それでは文字通り”野獣“ではないか。冗談もほどほどにしたまえ、思わずやられてしまったぞ」

「いえ、私も先ほどの言葉で一本取れるとは思っていませんでした。博士でも少し抜けておられる部分があるようですね」

 照れくさそうに塚原は鼻の頭を指先で掻いた。
 そして重々しげに口を開く。

「社長さんの言う通りじゃ。君みたいな存在は周囲とは相容れない。その頭脳、その外見ならな」

「……勿体ないお言葉です」

 そうこうしているうちに2人は目的地に着いたようだ。

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