【 第1回連続リレー小説 第1話「魔法少女 爆誕」1/5 】


 35歳になる彼には心の奥底で燻り続ける夢があった。
 それは大人の夢としては幼稚というべきなのかもしれない。
 彼の目指すものは強きを挫き弱きを助ける。勧善懲悪を体全体で押し出したヒーローである。
 ラバースーツの5人組、変身ベルトを身につけた昆虫改造人間、 異星の怪獣とドツキ合う超巨大人間。
 これら全て、彼にとっては懐かしい思い出の欠片。
 幼き頃から持ち続ける憧憬の感情だ。
 そんなヒーローマニアの彼は、さぞかしヒーローごっこが大好きであっただろう……と問われると、
それはそれで答えに窮する節があるらしい。
 なぜなら、彼にはヒーロー役が廻されなかったからだ。

 その原因は彼自身の風貌にある。
 顔はお世辞にも整っているとは言えず、石に向かって彫刻刀を力任せに打ちつけた風な顔立ち。
 顔を含む体全体を取り巻く体毛は、極太で醜悪に曲がりくねっている。
 この体毛のおかげで、全身陰毛男と呼ばれる事もあった。
 おまけに学生時代に取り組んだ柔道のおかげで、筋骨隆々といった体型である。
 その他いろんな要素を総合し、彼は周囲から「野獣」と呼ばれるようになった。
 周りからも毛嫌いされ、声をかけられることもない。
 孤独で醜悪な野獣は、とても寂しがり屋だった。




 アフターファイブを少し過ぎた時間、さほど重要な案件もなく、ゆったりとした雰囲気に包まれた社内では、
定時に帰れるという喜びの声が上がっていた。
 飲み会などの話が飛び交う中、野獣にとっては小さすぎる机の上で、黙々と作業を続けていた。
 彼に声をかける者などこの部屋には居らず、彼もまた、その待遇に慣れたような眼差しでディスプレイを眺め続けた。

(さて……終わるか)

 作業に丁度いい区切りが見えた彼は、荷物を纏めて帰り支度を始めた
。  返してくれるはずがない挨拶など告げることもなく、タイムスタンプのほうへ歩き出した。
自分に声をかけるものは居ない、そう思っていた矢先のことだ。
「えーと、お――い。名前なんだっけ……まぁいいや、野獣くーん。ちっとこちらに来い」
 後ろからこの部署を取り仕切る課長が声をかけてきた。
 おそらく事務的で職務に関することなのだろう。野獣は身を翻し、課長席まで向かった。

「なんでしょうか」

「野獣くん、明日の仕事についてなんだがね。明日は我が社の管轄である研究所に出向いて欲しいんだよ」

「はぁ」

「詳しいことは自宅でこの書類に目を通してほしい、以上だ」

 言うだけ言った課長は、乏しい髪の毛にブラシをかけ始めた。
 その姿にいけないとは思いつつも、同情の念を感じずにはいられない。野獣は目を背けるように踵を返し、退社した。


 翌朝、野獣と、彼の養子である“みー”は、テレビを見ながら朝食を取っていた。
 そこに映るのは国営放送の朝のニュースである。
 俳優やタレントが離婚したとか結婚したとか、殺人事件の被害者の周りを嗅ぎまわる報道をする、
そういった低俗な番組を彼は嫌う。
 そんなわけで時間を問わず国営放送が流れ続ける。
 国営放送には、無理やり人を笑わそうとする媚がない。
 ただ淡々とニュースを流し続けるその番組構成に彼はいたく共感していた。
 一方みーは、チャンネルを国営放送に変えても何も言わない。
彼女も今年で小学4年生、芸能界やアイドルには興味のある年頃だろう。
 自分の意には反するが、できれば人並みにタレントなどに興味を持って欲しい。
 しかし、朝に映る芸能ジャーナリストたちやワイドショーを、
野獣は心底毛嫌いしていた。  よって悪いとは思いつつも、ついつい彼はチャンネルを国営放送にしてしまう。
 もしかしたらみーが彼の思いを汲み取ってくれているのかもしれない。申し訳ない限りである。

「あっ、お父さん。見て見て、また遺跡の話をしてるよ」

「ん? あぁ……オーストラリアの」

 娘がテレビに釘付けになっている。
 画面にはただ一面の青を映していた。
 キャスターは興奮したような口調で遠い過去に沈んだ大陸が、浮上し始めてり4日目であると報じていた。
 局地的で突発的な地殻変動が原因なのか定かではないが、
連日その新大陸に関する議論がどのテレビ局でも企画されていた。
 国営放送もご多分に漏れず、有識者による新大陸の議論を企画しているらしく、野獣は国営放送にも嫌気がさしてきた。

「オーストラリアじゃないよぉ、“るるいえ”なんだってば」

「ああ……悪い悪い」

「この大陸って誰かいるのかなー? 怪人さんいるんでしょ?」

「人とは限らないかもしれんぞ?」

「……どゆこと?」

 はっきり言ってこの沈んだ大陸“るるいえ”に、人の形をした生命体は存在しないだろう。当たり前だ。
 なんたって有史以来沈み続けてる大陸だ。深海魚が短いヒレで目を覆いながら一緒に浮き上がってくるのがオチ――。
 そう思い立ちはしたが、彼はみーのロマンをできるだけ壊さないように、ソフトな言葉を選んで説明する。

「巨大魚だったり海獣かもしれないだろ? しかしみーはこういうの好きだな」

「だって面白そうなんだもん。怪獣さんが出たらヒーローさんに会えるよね?」

「うーん……会える、かなぁ?」

 会えるよっ、と元気よく言ったみーは、手を合わせてごちそうさまと続けた。
 彼女は足のつかない椅子から飛び降りて、ヒーローアニメの歌を口ずさみながら小学校への準備を始めた。

「ごーごーごーっまっすぅー♪」

「……………」

 先の会話にも出たとおり、彼女は野獣と同じくヒーローアニメや特撮を嗜好している。
 娘が自分の趣味に興味をもってくれるのは嬉しい。
 しかし普通、この年代の女の子といえば、フリルや魔法のステッキを振り回す魔法少女では無かろうか。
  “人並み”の人生が歩めなかった野獣。
 彼としては、みーに“普通”の女の子として育ってほしい。そう強く願うのであった。


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